山健組(中田浩司組長)が神戸山口組に宣戦布告・木村会も六代目山口組入り、どうした神戸山口組解散か?

山口組、五代目山口組渡辺芳則組長から六代目山口組司忍(篠田健市)組長に変わり、山口組は五代目当時は渡辺芳則組長の出身母体 山健組をメインとする組運営いわゆる山健贔屓(ひいき)であったが六代目山口組に変わり完全に司忍(篠田健市)組長の出身母体である弘道会(現三代目弘道会 竹内照明会長)メインに蓋を返したように弘道会主導の山口組に様変わりした。

 

全国の六代目山口組直系組織でも弘道会と渉外事、トラブル等あれば直系組織は弘道会を立てる位、弘道会は山口組内で実力共に山口組最大組織になった。

それに引き換え「ヤマケンにあらざれば、ヤマグチにあらず」と言われた山健組は弘道会の勢力に押され2015年8月、関西の山口直系組織を主に団結し弘道会主導の六代目山口組体制に不満を抱き反旗を上げ【神戸山口組】を結成、組長には四代目山健組々長兼任し井上邦雄組長が神戸山口組の組長になった。

 

それからというもの神戸山口組から【任侠団体山口組(のちに任侠山口組~2020年絆會に名称変更)】織田絆誠(金 禎紀(きん よしのり))組長が神戸山口組傘下団体を率いて離脱した。分裂から5年経った2020年8月には神戸山口組の中核、五代目山健組が離脱し山口組の看板を下げ独立組織となった。山健組は神戸山口組残留派と五代目山健組派と別れた。

そうした中で神戸山口組若頭補佐を務める二代目黒誠会(大阪 剣政和組長)、正木組(福井県 正木年男組長)は引退、また同じく神戸山口組の最高顧問であった池田組(岡山県 池田孝志(金孝志)組長) も離脱、池田組も山口組の看板を外し独立組織にそれに続いて三代目熊本組(岡山  藤原健治組長)も離脱し同じ岡山県の池田組と統合する噂もある。

 

一方では神戸山口組の若頭補佐を務める木村會(山本彰彦会長)組員が六代目山口組系二代目竹中組系組員に銃撃され負傷その後、木村會は六代目山口組高山若頭の預かりとなり神戸山口組は木村會に対し絶縁処分とした。

 

そんな渦中の中、中田浩司(中田広司)組長率いる五代目山口組が神戸山口組に残る山健組井上組長派に残る組員に対して絶縁、破門処分としたのだ。

神戸山口組崩壊、山健組に続き、黒誠会、正木組、池田組離脱!絆會が動き始めた?六代目山口組は?


 

五代目山健組から神戸山口組に残る山健々員を処分

 山健組の現組長(当代五代目 中田浩司組長)は、2018年5月に四代目山健組井上邦雄組長から継承した。中田浩司組長は昨年12月に弘道会神戸本部事務所において中田浩司組長自ら傘下の組員を銃撃して重傷を負わせ殺人未遂の容疑で逮捕、起訴され、現在は収監中である

 

五代目山健組処分者 2020/8/24現在
処分 前役職 氏名 組織名 地域
絶 縁 若 頭 與 則和 與組々長 神戸
絶 縁 若頭補佐 山之内 健三 誠竜会々長 東京
絶 縁 若頭補佐 西野 雅之 二代目健國会々長 神戸
破門 若頭補佐 橋本 憲一 橋本会々長 神戸
破門 若頭補佐 野崎 秀夫 四代目伊藤会々長 青森
破門 若頭補佐 島田 潔希 二代目兼昭会々長 秋田
破門 若頭補佐 藤岡 宏文 誓仁会々長
破門 幹 部 岩崎 尚介 二代目道志会々長 西脇
破門 幹 部 川尻 雄喜 誠雄会々長 宮城
破門 幹 部 鈴木 修司 二代目酒井組 山口
破門 若 中 松永 俊彦 二代目東龍連合 東京
破門 若 中 小島 慎也 小島会々長 大分
破門 若 中 長田 正雄 長田総業組長 神戸
破門 本部預かり 永田 仁 邦将會 茨城
除籍 最高顧問 宝満国広   大阪
除籍 若中相談役 疋田 健二   姫路
除籍 舎 弟 宮田 世市   大阪
除籍 舎 弟 西岡 義明 三代目晃心会総裁 加古川
除籍 舎 弟 元満 志郎 二代目阿部組々長 福岡
除籍 舎 弟 高橋 武身   盛岡

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五代目山健組が新たに新人事

破門、絶縁と同時に五代目山健組は新人事を発表した。以下の通り

 

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出典 デイリー新潮

 

五代目山健組組織図 2020/08/24現在
組 長 中田浩司   神戸
本部長 物部浩久 三代目妹尾組々長 岡山
若頭補佐 水田忠好 三代目村正会々長 姫路
若頭補佐 菱川 徹 二代目一勢会々長 岡山
若頭補佐 西川良男 六代目健竜会々長 神戸
最高顧問 鷲坂正美   神戸
顧問 山下 薫   京都
顧問 桑原真一   和歌山
若中相談役 橘 祐二   神戸
舎弟 小林 茂 三代目臥龍会々長 大阪
舎弟 福富 均 福富組々長 大阪
舎弟 竹本 均 百八竜会々長 石川
慶弔委員長 池田真吾 池田会々長 姫路
幹部 中村啓一 二代目南進会々長 岡山
幹部 木本陸朗 三代目鷲坂組々長 神戸
幹部 山本 實 二代目橘会々長 岡山
幹部 田中純一 二代目中川連合会々長 福岡
幹部 松森 治 三代目宮鉄組々長 神戸
幹部 岡田 渉 二代目武神会 姫路
若中  慶弔委員 中西昭夫 二代目宮田興業組長 大阪
若中  慶弔委員 山口公勢 三代目齋藤組々長 北海道
若中 岡本政厚 東誠会々長 東京
若中 高倉重典 三代目松藤組 名古屋
若中 香西一寿 香西組々長 香川
若中 中西章泰 四代目今倉組々長 神戸
若中 村中正也 三代目晃心会々長 加古川
若中 大路公貴 二代目明王会々長 大阪
若中 中島義明 五代目春駒組々長 和歌山
       
本部預かり 藤 勝彦 二代目健仁会代表 名古屋

 


 

現在まで山健組で組が割れ神戸山口組井上邦雄組長残留派と独立組織五代目山健組中田浩司組長派と組が真っ二つに分裂し神戸山口組傘下組織の度重なる、六代目山口組への移籍、引退、離脱し独立組織などふぇwgvsvsdvsが重なり神戸山口組は骨抜き状態になってしまっている。そのような渦中に独立組織新生五代目山健組中田浩司組長から、令和2年8月24日付で残留神戸山口組井上組長派の組員に対し処分を下したという。

まさに神戸山口組に対し先制に残留派を一斉に処分する事で完全に敵対意識をはっきりさせたのは間違いない。

☟次ページ 木村會組員が六代目山口組系竹中組系組員に銃撃されその後六代目山口組に

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