芸能界と山口組 吉本興業とヤクザ 私が見た五代目渡辺組長が追い返した大物芸能人

ヤクザと芸能界、今では芸能界に携わる人間がヤクザと関わる事は芸能界から追放される事を意味し芸能界のみならず一般企業、ヤクザに対する世間の拒絶ぶりは私から言えば異常とさえ思える。昔から芸能人(スポーツ選手を含む)とヤクザ、山口組以外の組織と有名人との関係等私は分らないが山口組が芸能人を利用するだけ、権力の象徴として芸能人、有名人を連れまわすと言われているが果たしてそうであろうか、ただ一方的に山口組が芸能人を利用しているのであろうか、私の知っている限りではそうとは思えない。芸能人から山口組に対して媚を売って来たのもあるのも事実であり、山口組が芸能人のトラブル、一般人の揉め事を取り仕切っていたのも事実である。一部を紹介する。

目次

島田紳助氏と山口組

今は芸能界から身を引いている島田紳助氏、極心連合会(現解散)会長だった橋本弘文氏と交際が騒がれた事は有名で自明のことであるが敢えて書かせてもらうと過去、島田紳助氏自身が司会を務める関西ローカル番組【紳助の人間マンダラ(1992~2002放送)】放送内で右翼団体の街宣車に描かれていた国章を番組内で中傷した事に対し右翼団体が糾弾に出た右翼団体に頭を痛めていた。

その時、極心連合会橋本弘文氏は本家直轄組織ではなく三代目山健組若頭という立場であった。その相談に当時極心連合会、元ボクシング世界チャンプの渡辺二郎氏が相談に乗り、渡辺二郎氏から橋本弘文氏へ相談が行き、橋本弘文氏から当時、三代目山健組本部長 片岡昭生氏に相談が行き古川組の若頭がトラブルを収めたと片岡昭生氏は雑誌のインタビューで暴露している。

 


片岡昭生氏の雑誌インタビューの掲載文  右+ボタン

元三代目山健組本部長の片岡昭生が、週刊誌のインタビューで当時の事を明かしている。

「十数年前に極心の会長から頼まれたんや。渡辺二郎から話があって島田が困ってるらしい。兄弟、右翼知らんか?」って。

ワシは「ああそれやったら俺の兄弟分で古川組若頭の入江秀雄がおるから頼んでみるわ」言うて入江に話を持っていった。入江は二つ返事で引き受けてくれ片付けてくれた。実際に解決してくれたんは入江です。お金も一切動いてない。

それから一ヶ月か二ヶ月してから会長を通じて島田から招待があったわけです。会長から「わしの兄弟分です」と紹介されたような気がします。二郎ちゃんもおったように思います。バーベキュー食べてデカイお風呂にも入れてもろて、サッカーを楽しんだ者もおりました。その後なんばグランド花月に行って新喜劇見て帰りました。

十数年前の事が何故今になって売れっ子芸人の引退に繋がるのか?

 

「わしもおかしいな思いましたわ。誰かが警察に喋ってるんであれば十数年前に出てこな嘘やからね」

 

黒い交際の証拠メールについて は?

 

「会長はもともとお笑いが好きやから事実やと思う。島田が筆マメやいう事も聞いた事ありますわ。」

 

 

引退会見でヤクザとの付き合いは深くないのでセーフと思った、と語った事については?

 

「マンガやね。ようのうのうと言うなと。風の便りでバックが極心やと言うてると聞いた事もある。言いかねんやろなとは思いました。」

 

同じ頃に片岡は吉本の別の芸人のトラブルも処理している。ダウンタウンの浜田が倉木麻衣は宇多田のパクリではないか?と発言した件である。

 

「サムエンタープライズの盛田から話を聞いてワシは右翼関係の仕事してる若い衆に東京へ行かせました。それで騒ぎはピシャッと終わった。盛田のところへは吉本の林社長から話があったようです。神戸のクラブで会いましたが金はもらってません。もちろん浜ちゃんとも会ってません。会う必要がないからね。」

引用 週刊現代

ヤクザボケしていた島田紳助氏

芸能界で島田紳助氏は【誰にモノ言っているのや!俺のバックは極心連合会やぞ】というのは有名な話であるが、他に地元神戸に飲みに来て自分は極心連合会やとホステス達にも公言している。

また、極心連合会とは別に、五代目山口組渡辺芳則組長とも接点があった。

五代目山口組渡辺芳則親分が空港に居た際、たまたま島田紳助氏も空港にいた。

渡辺芳則親分の移動となると多数の組員が警護するわけであるから目立ちやすい。それに気づいた島田紳助氏は自分から渡辺組長に近寄って媚を売りまくり挨拶をする始末である。

また、島田紳助氏は渡辺親分が付けていた1000万程する腕時計を3本はもらっているはずであり、番組名は忘れたがTV放送で島田紳助氏は親分からもらった腕時計を【めっちゃ大事な人からもらってん】という始末である。

渡辺芳則組長に相手をされ御下がりの時計まで頂いた事で相当、もう誰にも負けないという自信がみなぎり有頂天になり自分の足元が見えなくなったのだろう。

結局、島田紳助氏は極心連合会から数億円恐喝されたとの噂もある・

漫才コンビ紳助竜介の松本竜介【松本竜介→松本竜助】氏と山口組の場合

2006年に脳幹出血で他界された松本竜介氏も私たちヤクザと交流があった。

漫才コンビ紳助竜介解散後、島田紳助氏の方は番組MCを務めたろ芸能活動に多忙な日々を送っていた。反面、松本竜助氏は反対に、別コンビを組んで漫才したりAV企画会社設立、街角の風俗無料案内所で働く試行錯誤するかの如く暗中模索の人生を送っており相方の島田紳助氏とは全く違う人生を送っていた。

私も個人的に面識はあり数回飲食を共にした事がある。

当時、松本竜助氏は漫才ブームの貢献人として実際殆ど芸能活動はしていないが吉本興業から毎月50万円をもらっていると話してした。

私は【紳助さんがあんなに売れているのに番組出してもらったりお金の面で援助や仕事のバックアップしてくれないのか?】と聞くと竜助氏は

【アイツ【島田紳助氏】はアカンねん、1円も貸してくれんし、そんな気がアイツにあるんやったら今、ここにも居ないですわ!もうハナからアテにしてませんよ】

と完全に見切っていた。そんな実社会と芸能界のギリギリの所にいて非常に苦しそうだが

いつも笑顔を絶やさず、真剣な話の中にもギャクで笑かせてくれる人であった。

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山口組とズブズブの吉本興業・五代目渡渡辺芳則組長とビートたけし

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