【高山清司若頭敵陣神戸に参上し勝利の祝杯か?】神戸山口組納会で太田興業引退解散、山健組はどうなるのか?

分裂する山口組は特定抗争指定暴力団に認定されると実質5人以上集まる事が出来ない事から本指定前の抗争中最後の集会といっても良い(納会、事始め)を行った。

神戸山口組においては2019年12月13日午前11時頃、神戸市西区玉津町にある神戸山口組傘下組織二代目西脇組(宮下和美組長)の本部事務所で行った。

六代目山口組から容赦なき報復活動、組織の引き抜き、組内からヤクザを辞める者が後が経たないと言う敗色が濃い神戸山口組はどうなるのだろうか?

二代目西脇組本部事務所(神戸市西区玉津町二宮)

事務所前で降車し報道陣等から神戸山口組傘下侠友会前本義人若頭代行(写真左ベージュ服)に誘導され二代目西脇組事務所に入る神戸山口組の直系組長

 

出典サンテレビニュース

この度の二代目西脇組本部事務所前には20数名の報道記者がいたが2019年10月神戸山口組傘下五代目山健組事務所前に三代目弘道会傘下稲葉地一家丸山俊夫組員が記者に装い山健組2名を射殺する事件が起きた事からこの度の神戸山口組の会合(事始め・納会)は神戸山口組侠友会前本義人若頭代行(前本組々長)を先頭に数名の神戸山口組関係者が報道記者に対し身分証、社員証の提示を求め確認し社員証など携帯していない記者は正門前から強制的に排除する徹底ぶりをみせた。

警察に任せていても信用ならない、神戸山口組の自己防衛ともいえる。

神戸山口組二代目西脇組 

 

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太田興業太田守正会長の引退

太田守正組長(中央)

出典 日刊ゲンダイデジタル

この日、神戸山口組井上組長が到着する前に、山健組出身の名門武闘派組織【太田興業】(大阪市)が二代目西脇組事務所に訪れ、神戸山口組井上邦雄組長が二代目西脇組事務所に到着する前に事務所を後にし、そのまま大阪府警に自身の引退と組の解散届を出したという。

太田興業太田守正組長(82)は神戸山口組井上邦雄組長不在の為、組織のナンバー2である侠友会(兵庫県淡路)寺岡修会長に引退の旨を告げ直ぐに事務所をあとにした事から考えると決意の程が感じられる。

2019年8月弘道会神戸事務所前で発砲し1人を重傷させたとして逮捕された五代目山健組中田浩司組長の逮捕に続き、太田興業太田守正組長の引退、太田興業の解散は神戸山口組にとって大打撃となった事は間違いない。

それを裏付けるように井上邦雄組長組長始めしばらく事務所を残ったらしい。

太田興業が大阪府警に引退、解散届を提出した後、神戸山口組は太田興業を「破門」処分とした。

太田興業程の有力団体がいなくなった事はかなりの痛手といえるだろう。

太田興業の引退理由、組の解散

この太田興業の引退理由に際し散て複数の情報が錯そうしている。

●一つの情報は太田興業、太田守正組長は当局の「特定抗争指定暴力団」に認定されると逮捕者も出てくる。現時点でも太田興業では山口組分裂抗争で実際逮捕者も出ている。太田組長は組員の将来に事も思ったとされる説

●引退は偽装でこれから報復に出る為に地下に潜ったのではないかという説

●六代目山口組側から何らかの「命の保証をするから引退せよ」等、忠告を受け引退したのではないかと言われている。太田守正組長が二代目西脇組を出て大阪府警で自身の引退、組の解散を出した後に六代目山口組から傘下組織に「一切手出しはするな」との通達が出ている。

この様に引退の理由が錯そうしている。真実は太田守正組長知るのみである。


 

六代目山口組の報復計画・神戸山口組は傘下武闘派太田興業引退解散届により破門処分【山健組:神戸山口組】

神戸山口組 令和二年組指針「不易流行」五代目山健組「敢為邁往」

殆どのヤクザ組織は来年度のスローガンの様な組指針を立てる。

この日神戸山口組で発表された令和二年組指針「不易流行」で意味は〈初心を忘れず時代の変化を読み取り、柔軟性を持って改革して行く〉だという。

また定例会(納会・事始め)終了後、若頭会も行われて同日、正午までに解散したらしい。

翌12月14日山健組も傘下組織健竜会で(納会・事始め)

山健組トップ中田組長不在の五代目山健組でも納会(事始め)が行われた。

↑健竜会本部事務所

当局より山健組本部事務所は使用制限を受けている為、山健組傘下組織の六代目健竜会(西川良男会長)事務所で行われた。

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山健組の来年の組指針は『敢為邁往(かんいまいおう)』。目的に向かって困難をものともせず自ら思い切って、まっしぐらに進んでいくと言う意味。

また拘留中の中田浩司組長の言葉を山健組ナンバー2の與則和若頭(與組々長)が代読して組員を気遣った言葉「心配するな」等の言葉を読まれたらしい。

度重なる六代目山口組からの報復活動に対山健組は本腰を上げるのだろうか

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山健組中田浩司(広志)組長が逮捕:山健終わったのか?神戸山口組井上邦雄組長も逮捕?組長不在で山健はどうなる?

ヤマケンのシマ「三宮歓楽街」に高山若頭が登場!クラブで乾杯「勝利の乾杯」なのか

六代目山口組 高山清司若頭

出典 https://bunshun.jp/articles/-/15227

それは12月13日神戸山口組が納会(事始め)を行った日だった。

2019年12月13日二代目西脇組事務所で神戸山口組が納会(事始め)を行った日、名古屋からその日を狙ったかの様にキーマン六代目山口組高山若頭が三宮のクラブで飲んでいたという。

三宮の歓楽街は山健組のシマ(縄張り)と言っても過言ではない。

この度の分裂騒動から三宮歓楽街の飲食店が立ち並ぶテナントビル1件毎には、山健組傘下組員がしけバリ(警備)の様に普段着で立っていたりする。それは一般市民からはわからないが、殆どが30歳までの組員がカジュアルな格好でテナントビル前でスマホを触っていたりガードレールに腰かけている。

神戸山口組、任侠山口組の幹部クラスでも殆ど出歩かない歓楽街に名古屋から約20人引き連れて高山若頭が登場したというのだ。

テナントビル毎に組員を配置させている神戸山口組側に高山若頭が参上した事は直ぐに広まり神戸側の組員が集まったとされる。

どうも高山若頭は3日に徳島の六代目山口組顧問の心腹会尾崎彰春前会長が亡くなった為、それの弔問に伺った帰りに神戸三宮に訪れたらしい。

高山若頭は一般客に迷惑が掛かるとの配慮からある高級クラブ「B」で開店前の店を借り切り店の開店時間になると店を後にしたらしい。

敵地の牙城に訪れた高山若頭は神戸山口組に対して挑発以外のなにものでもない。

高山若頭にすれば敵陣に乗り込んで「勝利」の祝杯でもあげていたのだろう。

山口組が分裂する前、高山若頭が神戸三宮に来た時、三宮の街中を皮肉にも山健組が警備をしていた。その組員動員数は半端ではない。

神戸の北野坂という歓楽街の道は山健組関係者でほぼ埋め尽くされて異様なムードであった。高山若頭が来ているのは直ぐにわかったぐらいだ。

抗争に倦み疲れ(うみつかる)のが垣間見える神戸山口組

イケイケの異名を誇った山健だったころはこの様な状況になれば確実に高山若頭は普通に名古屋に帰れていないだろう。

高山若頭神戸三宮に参上して神戸山口組始め山健組関係者は集まっただけで遠巻きに見ていた様で中には高山若頭の移動をスマホに撮り動画にあげる組員もいると言う。

逆に、今神戸側の主要幹部が名古屋の歓楽街に入るとなると普通では終わらないだろう。

度重なる六代目山口組からの報復攻撃、引き抜き等を受け神戸山口組の殆どが抗争を他人事の様に思っている。

それは、末端組員だけではなく神戸山口組幹部までが「引退か移籍」を思っているのが現実である。

ある神戸山口組幹部は抗争に嫌気がさして周辺には「引退したい」と不満を漏らしており、山健組関係者も「堅気になって地元で商売する」と言い組からの連絡を遮断している者もいる。

また、抗争以前に神戸山口組が潰れるのではないか、懲役に行っても組が無くなっていたら話にもならないといい抗争に参加する事を嫌がっている。

また、ヤクザで儲けているのはほんの一部で殆どの組員がシノギ苦で生活が困窮しており抗争以前の問題だと言う。

いくら金が無くとも親分関係の誕生日にはプレゼントをしなくてはいけない

以前、四代目山健組井上邦雄組長、健竜会中田浩司会長の頃、健竜会の組員はカード位の大きさに親分、家族の誕生日など記載したラーミネートしたカードを携帯していた。今は配布されていない。しかし親分の誕生日と言うもの、親分の姐さん、子供の誕生日と言うもの組員として知らない顔は出来ない。カード配布が廃止された今でもこのカードを携帯し誕生日など忘れない様にして贈り物をしている組員も少なくない。

金が回っているうちは何ともないが殆どの組員がシノギに苦しんでいるのが現状である。

 

六代目山口組 弘道会と山健組は何故仲が悪いのか?神戸と名古屋の間に出来た長年にわたる怨恨の壁

手品で使うようなマジックナイフで弘道会米川組幹部を襲ったヤマケンのかえし

その中で起きたのが先日2019年16日午後7時半頃、大阪市浪速区恵比寿西の三代目弘道会事務所近くの路上で米川組幹部を襲撃しようとして逆に米川組幹部に取り押さえられ警察に逮捕された神戸山口組傘下五代目山健組内六代目健竜会 闘竜会々長吉武徹弥幹部が逮捕された。

出典 関テレ

 

出典 https://www.amazon.co.jp/

この犯行は健竜会幹部吉武容疑者が三代目弘道会米川組幹部に近づき玩具や手品で使う様な相手に怪我がない様に出来ているマジックナイフの様なもので米川組幹部の背後から襲い背中を当たった所を米川組幹部が気付き吉武容疑者を取り押さえて制圧したとされる。

関係者によると吉武徹弥幹部は上の者より弘道会米川組幹部の襲撃を命じられたが、長い懲役に行くのも嫌になってイヤイヤ、細工したマジック包丁を使い襲撃した建前を作ったのではないかという。

しかし、事の事情が次第に分かり健竜会、山健組は大恥を晒すことになった。

五代目山口組渡辺組長、三代目山健組桑田兼吉組長を生んだ名門武闘派組織がここまで落ちたかと語る。

【神戸山口組傘下山健組内健竜会】吉武徹弥幹部【顔画像】六代目山口組弘道会傘下幹部を刺そうとして逮捕【殺人未遂】

山健組中田組長が六代目山口組に移籍しようとしていた事は業界内で噂されていた。

 

出典 東海テレビ ニュースONE

出典 産経ニュース

かって六代目山口組傘下三代目弘道会(竹内照明会長)中野寿城若頭と神戸山口組傘下五代目山健組中田浩司組長は刑務所が同じだった事から5分の兄弟分との事で、家族ぐるみの付き合いでもあるらしい。

中田若頭はあるトラブルで神戸山口組井上邦雄組長から酷く暴行を受け暫く人前に出なかった時期(2019年7月頃)がある。殴られた原因は不明であるが顎の骨も折れた様なので酷く殴られた様だ。

その時に中田浩司組長は弘道会の当時若頭であった中野若頭に相談を持ち掛けたと言う。

業界内では以前から「山健組が六代目入りする話は出来ている」という噂は非常に出回っていた。

噂の無い所に煙も経たない真実はわからないが井上組長はその噂を聞いているはずでありそれが中田組長を酷く殴った要因かも知れない。

神戸山口組井上邦雄組長

出典 朝日新聞デジタル

三代目弘道会中野寿城若頭の計らいで山健組六代目移籍そこに、「待った」を掛けたのがあの高山若頭だった。

高山若頭は2019年10月に出所後、直ぐに若頭業務に復帰し手を付けたのが三代目弘道会の人事だった。

 

実質三代目弘道会ナンバー2の中野寿城若頭を舎弟にしてその代わりに若頭には抗争で群を抜いて功績を挙げた野内組野内正博組長を若頭に昇格させて若頭の実権を野内正博若頭にし中野寿城前若頭の山健組移籍案件はお蔵入りとなった。

高山若頭は中野寿城若頭の弘道会ナンバー2と言う若頭という大任から外し弘道会舎弟にする事で山健組の話を潰したのだ。

これで中田組長は仕方なしに神戸山口組に残留する事となったのだ。

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神戸山口組 山健組崩壊の噂は本当か

マスコミ関係者、中立組織が神戸山口組劣勢と言われている中、2019年12月13日 神戸山口組事始め 14日五代目山健組事始めを行って神戸山口組は六代目に巻き返しを図る事が出来るのであろうか?

かって六代目山口組が発足して間もない頃、四代目山健組を継承した井上邦雄組長は山健組直参組員に以下のような文書を配布している。

「妙とは蘇生の義也 蘇生と申すのはよみがえる義也 

始めと終わりは遠くで長い

どん底落ちればまた出直すだけさ

くよくよするなよ何をこれしきと

不屈の闘志でよみがえれ

井上邦雄

と書いている。これに記されている様に神戸山口組、五代目山健組は不屈の闘志でよみがえる事ができるのか

劣勢に立たされた神戸山口組のこれからの動向が気になる。

任侠山口組(織田絆誠組長)も尼崎市で納会(事始め)令和2年組指針は「残心侠道」

任侠山口組(織田絆誠組長)も納会を兵庫県尼崎市内の傘下組織事務所で行ったらしく令和二年の組指針は

「残心侠道」

意味は心が途切れることなく任侠道を歩むと言う意味。

 

 

 

 

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