六代目山口組ナンバー2、高山清司若頭が出所し神戸山口組、任侠山口組の動向が気になる中、先日記事にしたように、高山若頭は神奈川、四国などを遠征訪問している。

また、前記事に述べている通り神戸山口組から六代目山口組に移籍した2団体を六代目直参に昇格させた。これに続き、六代目山口組若頭補佐三代目弘道会(竹内照明組長)も新人事に乗り出した。

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野内組が三代目弘道会若頭就任

 

野内組と言えば武闘派組織として有名であり弘道会内の偵察、攻撃部隊を輩出する組織で有名だという。元々、その精鋭部隊の名前は伏せられていたものの(十仁会)と言われており、山口組分裂当初、岡山の大石組高木若頭が殺害された時、弘道会傘下の高山組々員で昔の十仁会の精鋭部隊だと言えている、

山口組内でもそういった偵察、暗殺部隊はいるものの、この度の分裂騒動の要所で野内組が仕事をしている。

また、2019年4月18日、深夜0時過ぎに神戸山口組の中核、五代目山健組若頭、與組 與則和組長を背後から刃物で襲撃している。

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與則和組長は山健組の実質的に山健組のナンバー2であり過去にも山口組三代目当時の大阪戦争時当時所属していた三代目佐々木組から殺害容疑で逮捕され長期服役後、山健組内片岡組若頭を経て、山健組本部長~五代目山健組若頭を務めた。いわば山健組内の武闘派と言われ未だこの功績が武勲になっている。

 

実質的に山健組のキーマンと言われている與組長である。

弘道会野内組は、その與則和若頭にまず、ターゲットを決めたのだった。


六代目山口組 弘道会と山健組は何故仲が悪いのか?神戸と名古屋の間に出来た長年にわたる怨恨の壁

野内組が與若頭を襲撃した場所は以前、任侠山口組幹部と與若頭が乱闘した同じ場所

 

これは自分も思う事だが、自分は與若頭が襲撃された地域に一時、住んでいたのであの辺りの地理には詳しい。襲撃現場は神戸市中央区春日野道商店街という所だ。

 

以前にも、任侠山口組々員と與若頭が乱闘し與若頭が負傷している。

当時、警察の捜査で商店街の点在する防犯カメラで警察の捜査は進んだ様だが、その乱闘時、双方の組織が駆けつけているのもテレビカメラで映り込んでいた(関係者筋)

 

人を襲撃するのにもある期間、内偵、尾行、生活パターンを下調べする必要性があると思うが襲撃日以外は一切、防犯カメラに写り込んでいない、また映っていたとしても怪しまれて入れば前にも任侠山口組幹部との乱闘もあるし警察は重点地区としてマークしているはずなのでこういった襲撃も出来ない。與組長の側近も離れる時間も周到に調べて行った犯行に完璧さえ思える。

https://hidekazu.info/takayamakuwana

二代目健心会 弘道会入り 江口会長 本家直参改め高山若頭舎弟に

一極集中で増えていく弘道会

 

司忍組長、高山清司組長、同じ弘道会出身のことから弘道会のみ増え続けていると言う。

五代目山口組時代は山健組が中核になっていたが六代目体制に入り山健組が分裂して神戸山口組を作った事で六代目山口組の中核は実質上、弘道会となった。

 

警察もそれをただ茫然と見ているのではなく色んな法律、条令を駆使して切り崩しに入るだろう。

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