二代目健心会 弘道会入り 江口会長 本家直参改め高山若頭舎弟に

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五代目体制時は武闘派組織だった健心会

初代健心会当時、現在の浪速組の事務所では無く大阪市中央区の黒門市場内のあるビルの2階以上を健心会本部として貸し切っていた。

入口が無く廊下に電動防護シャッターには菱の代紋があしらわれおり健心会の本部に入るには必ず電動シャッターを空ける事務所住込み(部屋住)2名の立会の元でなければ事務所内に入る事の出来ない。完全に要塞化していた。

江口健治会長は当時、若頭だったが若衆には優しい存在であったが江口健治会長の周りの人間は組員の教育には当時、他の組織では考えられない位厳しい教育があり軍隊教育の様な組織であった。

健心会本部内で健心会の傘下組織組員の教育は特に厳しいかった。少しでも行儀が悪いと普通では帰られない。身体に教え込まれる方式だった。

そのような教育をしてくると次第に組員の健心会、強いては山口組に対する忠誠心も他の組織とは違ってくる。

初代健心会、江口健治若頭指揮下の元、その中で健心会の選ばれた精鋭部隊が編成されるようになってきた。

当時、(SWAT)と呼ばれた、五代目山口組渡辺芳則組長を警護する特殊任務である。

渡辺芳則組長の周りには別にボディガードが数名いるが更にそれを遠巻きに警護する特殊任務である。

当時は渡辺芳則組長の行く先々を健心会特殊部隊SWATが警備していた。

特殊任務部隊のスーツの内ポケットには拳銃入れも施されている。そのスーツを作って貰う事で晴れてSWATに務めれる合図だった。

また、山口組の抗争となると組に関わらず直ぐに報復行動に出ていた。当時、みちのく抗争があったが健心会は直接抗争の起因に関与していないのに、報復行動として数名、健心会のヒットマンが逮捕されていた事に当時は驚いた。

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筆者後記

江口健治会長は若頭時代から杉秀夫初代会長の留守が多く実務的に組の統制するキャリアは他の組長より長いと思う。

若き頃、ハーレーを乗り込みミナミの街を走り組を統率する江口会長を思い出す。

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