六代目山口組の報復計画・神戸山口組は傘下武闘派太田興業引退解散届により破門処分【山健組:神戸山口組】

六代目山口組(司 忍組長)と神戸山口組(井上邦雄組長)の抗争がこれ以上激化しない様公安委員会は年内若しくは年明けにも両組織を特定抗争指定暴力団に指定し活動を制限する旨を発表した。六代目山口組、神戸山口組にしても特定抗争指定暴力団に認定されると5人以上組員が集まる事が出来ないので2019年12月に集まった会合(事始め、納会)は抗争中最後の会合となる。六代目側は12月11日、名古屋の弘道会系高山組系列事務所で、神戸側は12月13日神戸の神戸山口組傘下組織事務所で夫々、会合(事始め、納会)行われた様だ。

神戸山口組を狙った報復計画は昨年8月頃から計画されていた。

神戸山口組幹部を狙った報復が六代目山口組高山若頭出所後に活発になったがその計画は1年以上前から計画されている事が神戸山口組傘下幹部の情報で分かった。

2018年7月頃、神戸山口組傘下のある幹部に六代目山口組傘下弘道会幹部より連絡があったという。

その内容というのは

「神戸山口組を抜けてこっち側に(六代目山口組)移籍しないか?そのまま神戸山口組に籍を置くのならいずれ的に掛ける事になる。(狙う事になる。)」

と、言われたが神戸山口組傘下のある幹部は、当時、抗争も活発になっていない事や、諸事情等で丁重に断ったという。

 

その時期と言えば六代目側が神戸側、任侠側に対し組員復帰のリミットを設けた【切り崩し工作】時期であった。

 

その【切り崩し工作】は、神戸山口組の中核、山健組中田浩司組長にまで連絡があったとされる。

 

そして六代目側のリミットとなる2018年8月を過ぎ本年に入り、全国で六代目側と神戸側でイザコザの様な揉め事が多数ある中。六代目側の忠告通りその幹部は六代目側から襲撃される事になった。

抗争指定で12月最後の事始め六代目山口組神戸山口組の動向は!山健組の動向・山健組出身組織の今

六代目山口組を本気にさせた弘道会神戸事務所前襲撃事件

 

六代目山口組サイドは事前に計画を立てて神戸山口組に対する報復をしていたが

神戸山口組傘下五代目山健組ナンバー2 與組 與則和山健組若頭が弘道会傘下野内組系組員に襲撃された報復とされる2019年8月24日に起きた弘道会神戸事務所前襲撃事件で弘道会系組員1名が重体になった事件で現在、神戸山口組傘下山健組中田浩司組長が実行犯で逮捕されている。

2か月後には六代目山口組ナンバー2高山若頭が出所する前でもあり神戸山口組の「かえし」と呼ばれる報復は予定外だった。この事件が六代目側を本気にさせ六代目側は

 

10月10日 弘道会傘下組員が山健組事務所前で記者に装い山健組2名を射殺

11月18日 伊豆組傘下組員が熊本で神戸山口組傘下大門会清崎達也会長を刃物で襲撃

11月19日 弘道会傘下組員が北海道で神戸山口組傘下五龍会青木和重会長宅に車で突入

11月27日 元竹中組系組員が古川組古川恵一総裁を機関銃(自動小銃)で射殺

(京都の神戸山口組幹部も狙う予定だった事を供述している)

 

と立て続けに神戸山口組側に報復している。

沈黙を続ける神戸山口組

山健組には【沈黙、団結、報復】という会則がある。

その会則が守られているかの様に山健組、神戸山口組は六代目サイドに対して沈黙を続けている。

一時はネットで神戸山口組が六代目山口組に対して白旗を上げるのではないかと噂になったがそうではなさそうである。

 

公安委員会の特定抗争指定暴力団に認定される前に以前、九州で特定抗争指定暴力団に認定された組織を前例に警察などの動き、特定抗争指定暴力団の詳しい詳細事項を述べた書類を配布し特定抗争指定暴力団に認定に向けてその対処が周囲徹底されている。

 

2019年12月13日神戸市内の神戸山口組傘下組織事務所で会合(事始め、納会)が行われ、令和2年度の組指針【不易流行】を掲げている。

この事から神戸山口組は令和二年に向け既に動いている。

 

ふえき-りゅうこう【不易流行】

いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。蕉風俳諧しょうふうはいかいの理念の一つ。解釈には諸説ある。▽「不易」はいつまでも変わらないこと。「流行」は時代々々に応じて変化すること。

https://ja.wikipedia.org

山健組中田浩司(広志)組長が逮捕:山健終わったのか?神戸山口組井上邦雄組長も逮捕?組長不在で山健はどうなる?

神戸山口組 太田興業太田守正組長が12月13日付で破門、解散

 同日、行われた神戸山口組の会合(納会、事始め)で神戸山口組舎弟頭補佐の太田興業 太田守正組長の姿は無かったらしく、大阪府警に太田組長自身の引退、組の解散届を提出している事を受け神戸山口組は2019年12月13日付けで「破門」処分になっている。

初代

1964年、太田守正は、太田興業を結成し、山健組系健竜会に参画後、山健組系健竜会副会長に就任した。

山健組に昇格した。

1982年、二代目山健組に参画し、二代目山健組若頭補佐に就任した。

1989年5月、三代目山健組に参画し、三代目山健組舎弟頭補佐に就任した。

三代目山健組舎弟頭に就任した。

2003年、三代目山健組相談役に就任した。

太田興業から太田会に改称し、五代目山口組に昇格した。

2005年4月、六代目山口組に参画した。

2008年9月、太田会から太田興業に改称した。

2008年10月、六代目山口組から除籍処分された。

2015年7月、単行本「血別 山口組百年の孤独」を出版した。

2015年12月1日、四代目山健組に参画し、四代目山健組相談役に就任した。

2016年1月16日、太田興業を再結成し、神戸山口組に昇格後、神戸山口組舎弟に就任した。

2016年1月20日、神戸山口組舎弟頭補佐に就任した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E7%94%B0%E8%88%88%E6%A5%AD


 

神戸山口組納会の日に六代目山口組高山若頭敵陣神戸三宮で祝杯!劣勢の山健組神戸山口組解散の危機どうなる?

筆者後記

 

両組織とも来年には施行される特定抗争指定暴力団に認定される事によって行動も規制されて動きにくくなる。

組員5人以上が集まると逮捕になる事から両組織の組長クラスの警護(ボディガード)も運転手、組長本人覗き実質3人となる事から警備が手薄になり敵対組織から狙われやすくなる事から逆に抗争事件が激化しないか心配される。

 

 

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